いしずえ

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『童心殘筆』より

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津浪



私は慘として眦を決した。壊れ傾いた隣りの屋根を踏んで、六尺餘りの隔たりを女も子供も跳ぶ~。そして私の家の屋根へしがみついて、踉めきながら私の救いの腕に投じると、そのまま彼等は皆腰を抜かして了ふ。荒くれな男も、いたいけな子供も皆あゝと聲を失して私をおろがんだ。私は曳き上げる度に數えて二十七まで意識した。最後にまだ一人、今まさに此方の屋根に跳び移ろうとした時、あっと思う間に、踏まえた屋根諸共忽ち暗の底に'002;落し去った。ゴーッと濤がさらって行く。私は思わず戦慄した。虚空も裂けんばかりに風が哮る。傾いて居た電柱が物の美事に吹き倒された。途端サッと沫く雨に雨戸はハタと閉められた。何と謂う慘めな人々の姿であろう。今迄の静けさと打って変って、今度は室中芋を洗う様な混雑である。呆然として慄えて居る子供、しくしく啜り泣いて居る女、何事か喚きちらしてゐる男、其處には大きなお腹を抱えて、苦しんで居るおかみさんがある。