いしずえ

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『童心殘筆』より

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津浪



最後に残った三四人のみが、始めて丁寧な挨拶を交して帰って往っただけで、あれだけ多くの人が私達に一言の挨拶もしないで出て行った。其中でも職人體の二人の男はわざわざ私の書斎を通って其處の鴨居にかゝって居た着物を二人共ひょいと身に纏うて、屋根傳いに悠々と出て行った。

餘りに淺猿しい振舞に、思わず私は、引捕えて呉れようとしたが、いやいや彼らも昨夜私を拜んだ憐れな人の子だ。こんな場合だ見逃して遣れと思い返して凝と後を見送った。流石に二人は一度窓を振り返ったが、私の姿を見て、急に何やら言いながら雜物の中に紛れこんで了った。家の中は手のつけようもない荒れ方である。

階下に降りて見ると壁が殆んどうち抜かれて居る。庭に在った雞屋は大破して、中には居た雞は一つも居ない。昨日買った許りの金魚も勿論影も形も無い。書物は、とんだ始皇だ。