いしずえ

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『童心殘筆』より

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津浪



眞に人間の生命を根柢より却し、その努力になった誇りを蹂躪し去ったのは僅々四時間余りの出来事であった。

去年は大火、今年は津浪、月島という處は何て嫌な處だろうと、會う人毎に語り合いながら、其癖翌る日からもう人々はせっせと其の家を繕ったり、建て直したりし始めた。

そして、不思議な事に、此の津浪は忽ち家賃を少なくとも一割を上げさせた。



其の當座家々は勿論、銭湯でも理髪店でも、人の話は遭難の奇談で持ちきりであった。

暴風雨の翌日の晝過ぎであった。

一艘の傳馬船が、船頭二人掛りで一所懸命湾に漕ぎ出した。

普通ならぬ勢に何事と、行方を見遣れば、程遠からぬ處の澪標に屋根が引懸って居る。

望遠鏡を採って見ると、こはそも、屋根の上にまさしく人間の首があるではないか。