いしずえ

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『童心殘筆』より

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津浪



気が注くと何時の間にか風雨が著しく静まって居た。時計は五時に近い。夜はほのぼとの白む。あちらこちらから一齊に安堵の溜息が聞えて来た。

「どうやら助かりましたね、」皆は異口同音に喜んだ。戸を開けろ。戸を開けろ。誰がするとも無く縁側の戸が開けられた。雨はすっかり霽れて居る。まあ何という荒涼たる破壊であろう。周圍の家は残りなく壊されて、海と陸との境を撤した一面の濁浪中に累々として漂う屋根や柱。一夜の中に変ったこの凄まじい光景に、私は一時全く茫然とした。

六時、さしもの風が今は微かなスブラングへ見せないで、日の影さへ静かな湾にさし初めた。私の家の二階に居た多勢の人も一人去り、二人去り、いつか再び元の寂寞に返った。