いしずえ

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『童心殘筆』より

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津浪



其の中に畳や床板がブクブク浮び出したので、私は家人を愈々二階に上げつきりにして、獨り尚家財を物色して居た。水は何處からともなくもの凄く湧き上って来る。愈々危険と見て取って、急いで私も梯子段を駈け上った其の刹那であった、凄まじい音響と共に門と玄関の戸及び硝子戸の三重の堰を一度にどっと破壊して奔馬の様な激浪が屋内に闖入した。同時に階上と階下を繫ぐ梯子はギーッと音して浮いて了った。グラリグラリと二階が搖ぐ。我々は言うべからざる凄愴の気分に包まれて暗中に坐した。世の終りもかくやと思はるゝ許りの荒びである。

「大丈夫でしょうね」と妹が戰きながら訊ねる。

「大丈夫さ。此の新しい家が倒れるものか。」私と母とが殆んど同時に何等の確信も無く答えた。暫く經って祖父は獨り言の様に呟いた。