いしずえ

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『童心殘筆』より

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津浪



夕餉の後も妙に淋しい沈黙に支配されて、間も無く私は二階の書斎に閉じ籠って了った。ザーッ、ザーッと一風每に猛雨が凄じく雨戸を打つ。家中の戸と謂う戸は一様ゴトン、ガタン、ギーッと無気味な音を立てゝ。其の間から'112;々と虚空に荒ぶ暴風の哮りが聞える。耳を澄ますと防波堤に叩きつける波の噴沫が必死に喰い止める堤を今にも決潰しそうに響く。そしてあらゆる荒びの裡に一層物凄くゴーッゴーッと海が轟いて居る。暫くは机に向っても、兎もすれば雨風に気を取られて、碌に書物が読めなかったが、やがて私は深い深い読書の忘我に落ちて了って、幾時間かを、何事も知らずに過して了った。不圖気が注くと、障子を隔てゝ綠側にポタリポタリ雨漏りの音がする。はて建てた許りの家にもう雨漏りがするのかと思って、私は急いで階下から盥を持って来て、丁度水の滴る處に當てがった。家人はいつの間にか熟睡して居る。私は尚ほ読書に気を唆られて、いつかまた熱心に読み耽った。