いしずえ

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『童心殘筆』より

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津浪



如何にも其の室の窓を何者かゞ亂打して居るのである。私は雨戸を繰ろうと手を掛けたが、こはそも雨風の力で如何しても開かない。一生懸命を罩めて引張って、やっと開いたと思うと間もなく、一團の黒い塊が私の胸に礫の如く飛びついた。それは人間であった。一人の男であった。私は彼を力任せに室内に曳き摺り上げると、彼はくたくたとへたばりながら、「あゝ有難い有難い有難い」と手を合せて私を拜んだ。忽ちまた闇中に悲鳴を放って、屋根傳いに救いを求めてよろめいて来る人の群がある。

「こら、確りしろ、後にも居るぞ」

私は思わず大喝すると、彼は再び猛然として奮い上って、窓に近寄りざま、「危ないぞーッ、此處へ来い来い」と叱咤した。来た来た!暴風雨を潜って濡鼠となった男や女や子供が。