嘗て明治天皇が幼少の頃、相撲が好きでお付きの者がわざと負けているのを苦々しく見ていた山岡鉄舟に天皇が「山岡取ろう」下命があり、山岡は組むなり投げ付けた。
数日後天皇よりお呼びが掛かり、山岡は切腹覚悟で天皇の御前に望んだ。山岡を睨み付けていた天皇は、一言「山岡わかった。二度と相撲は取らん!」と言われたとの由である。国技と言われる相撲でさえこうである、況んや外来のスポーツに於ておやであろう。
就れにしても我が国は、天皇陛下を中心に日本全体が、一家のような世の中を創りたいと言うのが、肇國以来の道統である。もし国家(政・官・財)が腐敗堕落すると、天皇の元に権力を返しなさい(大政奉還・王政復古)というのが、嘗ての大化の改新であり、明治維新なのである。
平成20年7月1日 〝いしずえ〟天皇を忘れた日本政府と国民より