「丁度満月の大潮の夜だものな……」
母が手探りで蝋燭に火を點けた。室内が朦朧と明る。家財道具が室中に散亂して居る。我等は更に着物を重ねて、互に膝を摺り寄せた。
「近所の方は如何したでしょうね?」
「さー何にも聞こえないな。」
やがて各自は風雨の怒號に耳傾けながら、死の様な沈黙の裡に凝然と坐ることを続けた。
三
「アラ、何だろう。」母が不意に沈黙を破った。
「何が……」と反問すると同時に、なる程私の耳にも次の室に當って、雨戸を亂打する音が聞えた。「助け舟かな、」咄嗟に考えながら私は次の室に走って行った。