いしずえ

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『童心殘筆』より

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雲水



彼は私に賛成を求めた。抑々出立の始めから私は野宿、精進、少食と宣言した。彼は魚だけは食ふと言って肯かなかった。私は今この請求に會うて甚だ辟易した。女房は氣を利かして、「ほんとうにお魚でも召食らにやお身體が續きませんわね。」と言いながら脂ぎった鰯を五・六尾、卵、香の物取り揃へて運んで來た。

全く暫くの間二人は食ふ事に夢中であった。それは實に生命に徹する味ひとでも言はうか。鰯が一疋一疋私の肉の中に蕩けこみ、卵が直に血と溶け合う様であったた。「あなた様方は東京のお祖師様の學校においでなんでございませう。」つくづく私達を眺めてゐた女房は言った。人の好ささうな亭主は、小腰屈めて茶を持って来て呉れた。