いしずえ

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『童心殘筆』より

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雲水



「そうです。夏はかうして修行に出ます。」

私は笑ひながら言つた。女房は黙つて首肯いて、一段聲を落しながら、

「この暑い盛りにどんなにかお辛いでせうね。」と半ば獨り語の様に言ふ。

「疲れた。」と投げやる様に言ひながら、食べ終つた友は後の壁に凭れた。茶を飲んで了つて私は「少し休ませて貰ひます。」と云つて腰掛の上に横にならうとした。

「あゝお休みならこちらへお出でなされませ。ささ、」

と周章てて女房は店の傍の切戸を明けて我々を促した。私達は無言で後に隨ふ。ずつと裏へ廻ると其処は彼等の座敷で有つた。

「洗足をお取り」

彼女は其処に居つた十許りの男の子に命じた。私達はその忠實々々しい待遇に殆ど恐縮した。促されるまゝに足を洗つて上へ上ると座敷には線香の煙が縷の様に流れて佛壇が綺麗に飾られてある。