いしずえ

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『童心殘筆』より

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雲水



この心、この心、私は思った。私が他日学界へ投じても政界へ這入っても七情の波が如何に騒ぐとも、魂は寂然として永遠の空に即したい。

二十六日の夜明けに私は三崎に着いた。海岸で出遭った一人の漁夫に東京行の汽船は何時に出るかと聞いたら夜の十二時限りだと答えた。私は困憊して如何しようかと思った。疲れた顔を見た漁夫は東京へお渡りですかと言う。「そうです夜の十二時とは困った。」我知らず私は呟いた。「ちょっと濱へ出かけるで、あすこでな、ちょっとの間休みなさっせ。」言い棄てて漁夫は去った。教えられた松原の中の漁夫小屋へ私は兎も角も腰を下した。色の黒い男の様な女房が焚き火をして呉れて、今粥が出来るから一緒に食べよ飾り気の無い親切を盡して呉れる。漁夫は還って来た。「これから猿島へ舟を出すで、一緒に載りなさっせ、わしが浦賀へつけてあげます。浦賀からなら午の十二時に舟が出るでな」と彼は私の顔を見ると言った。