いしずえ

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第三章 古代思想

  エジプト脱出

 ユダヤの奴隷民の苦難を救うべくモーゼは立上った。或る日ホレブ山に行った時、そこに神が現われて「私はエジプトに居る私の民の悩みを見、且つ彼等の救い求める叫びを聞いた。私は降って彼らをエジプトの手から救い出し、これより広い地、乳と蜜の流れる地へ導き出そうとしている」これが神とモーゼとの「聖約」である。

モーゼは、この神の聖約を箱に収めて、それを奉持してエジプトに居るユダヤの民を救出するのである。かくて百万余のユダヤの民は百数十年住みなれたエジプトを出てカナンに向かって大移動を開始した。しかし彼等は野山に野営しつつ辛苦と飢えと渇きのために悲鳴をあげた。あまりの苦難のため中にはモーゼに欺されたと呪い憎しみエジプトに帰ろうとする者も出てきた。

モーゼはよくそれに耐え、災難に遭う度にそれは神を疑った罪であると思い込ませ、三ケ月目にシナイの荒野に入った時、山上に厚い雲がかかり、雷、稲妻が頻りに鳴りラッパの音が響いたので、民は皆ふるえあがった。山は全山煙り激動した。招かれて神前に出たモーゼは数々の教訓と戒律を与えられ。「十戒」はその時の教訓である。


  十 戒

  1. 眞の神のほか、どんな神をも神としてはならない
  2. 人間の手でつくった像を神として拝んではならない
  3. 神エホバの名をみだりに口にしてはならない
  4. 安息日を忘れず、これを聖日として尊ぶこと
  5. 父母を敬うこと
  6. 人を殺してはならない
  7. 男女の間で、みだらな行いをしてはならない
  8. 盗みをしてはならない
  9. 人に対して嘘を云ってはならない
  10. 人に対して欲深なことをしてはならない

 ユダヤの民はエホバ神や指導者の教を固く守り人類史上大きな足跡を残した。が後次第に繁栄し発展するにつれ権力財力武力が拡大するにつれ再び腐敗堕落を始めソロモンの栄華を最後として滅びバビロン、アッシリアの奴隷となり、屈辱のペルシャ統治時代に入るのである。

 旧約はその後「レビ記」・「民数紀略・申命紀・約書亜紀」「土師記」「ルツ記」「サムエル・ダビデ書」「列王紀上」「歴代志上」「エズラ書」「ネヘミヤ紀」「以士帖書」「ヨブ」その他挿記、箴言・誌・予言等が説かれている。これは信仰の尊さ、善悪正邪や倫理道徳の重大さを述べたものであり、人間の腐敗堕落は常に悪魔の誘惑によるものであることを物語っている。

 東西を問わず、古代社会は、自然発生的に家族から始り氏族、部族、等族を経て民族を形成し、その間最も有力有能者が集団を統治して発展して来たものである。社会の進歩と人口の増加は人間生活を著しく複雑化し、統治者たる為政者は被治者大衆の要望に応えこれを指導し満足と希望を与え得るものでなければならないが、統治者が指導力を喪失し、支配に変り専制独裁者となって命令を渙発し圧政に変ずると被治者大衆はこれに従わず離反し反抗し反逆を企てるものである。大衆は生きる道を他に求めて流出する。古代より中世に移り代る時、脱出離反せる大衆に救いの手を差し出したのは宗教である。ここに東西共に仏教、儒教キリスト教マホメット教の全盛期が開花するに至ったのである。

   (43 43' 23)

        

第三章 古代思想

  エジプトの奴隷

 アブラハムの子イサクにエソウとヤコブの二人の子があった。兄弟は仲悪く弟のヤコブはカナンの地に落ちのびて十二人の子を生んだ。ヤコブは末子のヨセフを偏愛したため、兄達は妬み憎んでエジプトの奴隷に売ってしまった。ヨセフは奴隷になって苦難の道を歩んだが、飢饉を予言してエジプトを救ったので国王の信任を得て王の代理にまでなり、善政を行ってエジプトを豊かな国にした。

丁度その頃カナンの地では酷い飢饉に襲われエジプトに穀物を求めてやって来たのがキッカケとなってヤコブ一族がエジプトに移住することになった。斯くて四百年、ユダヤ民は百数十万となった。国王は、これを恐れこれを奴隷として重い労役を果した。更にユダヤ民の人口を消滅することを計った。生れてくる男の子を悉く殺させた。

   (43 43' 23)

        

第三章 古代思想

  神の試練

 神はアブラハムの信心を試すに子イサクを燔祭に、羊の代りに焼いて犠牲に捧げよと命じた。

アブラハムは無念無想神の命ずるまま決行する我が子を火で焼かんとした時、神はその不退転の信仰を知って中止命令を出した。

又、信仰心の強いヨブを残忍な方法で、その度合いを試みたりした。

   (43 43' 23)

        

第三章 古代思想

  ノアの洪水

 神の祝福を受けて産めよ殖やせよ地に満てよと勵んだ人間が繫栄し発展し、増加するに従って、次第に神を疎んじ軽視するようになり無信仰になって行った。神はこの状を見て嘆き悲しんだが大勢の人間は神の心に従おうとしない。そこで神はもう一度人間生活を根本から遣り直さねばならぬと考え、大勢の中から人間の祖となるに適わしい信仰心の厚い正しい人間を選び、それに立て替の使命を与えた。

ノアは神の指示通り方舟を造り、必要物資や家畜をそれに乗せ家族と共に乗込んだ。すると空は忽ち真黒になり大雨が降り出し、四十日間もつづき地球は水びたしになり、すべての生物は死に絶えてしまった。ノアは神に任せて水の引くのを待った。半年後やっと水が干いたので舟から降り、先ず真先に石を積んで祭壇を造り、神への捧げものをして礼拝祈禱した。これを見て神は「再び人間のために呪うとはしまい。

人間は生まれながら罪を持っているのだから、すべてを滅ぼしてしまうことはしない、その代り春夏秋冬と昼夜を与え、神の意に添うよう導こう。そして再びすべてのものを人間に委ねることを約束する。」と約束の印に大空に虹を現わした「見よこれが約束の印だ。後、天にこの標を見たならば、神が人間との間に結んだ約束を思い出すがよい」それが契約思想の起源である。

 人間が神意に反し、我知欲に狂い、腐敗堕落崩壊荒廃する時、必ず神は天罰をもってする、それが天災であり、神人は革命の人災をもって裁く思想である。

   (43 43' 23)

        

第三章 古代思想

  禁断の実

 神に禁ぜられた「禁断の知恵の実」を悪魔(蛇)の誘惑に歎されて喰ったため罪を得、神は怒りエデンの園から追放した、罪深き者として苦難の道を歩むこととなった。苦しみ悩み、悶え、迷い、病み、貧しくなり、そして苦労を負うことになった。これが原罪説の起こりである。知識が罪の本源であるというのである。

人間が苦しみ悩み悶え不運であり不幸であって世の運行が思うようにならないのは、神意に背き反して勝手な行動をとるからである。この現実生活は暫し流浪の旅であり異郷をさすらうようなものである。この世は仮の宿であって眞の世は天国にある。故に現世にあってはすべて世に属するものを願わず、只善と義を求めてやがて憂患の多い現実生活を終えて眞実の神の國に入る楽しい機会の来る日を待つべしという。

   (43 43' 23)

        

第三章 古代思想

  旧約聖書

 創造主の神
 全知全能の唯一神エホバの神は天地自然、万物万象を造り、最後に人間を造り、人間のために美しい平和楽園エデンの園を造って、これを悉く人間に委ね与えた。人間は種々様々なものを造ることができるが、生命及び生命現象の生物植物動物人間を造ることはできない。造られた物には造る働きがないからである。ここに神と人間の生命的断絶が見られる。

造る主体の人間(神)には生命があるから物を造ることができるが、造られた客体の物には生命がないが故に物を造ることはできない。親は子を生む、生まれた子には生むはたらきが内在しているが故に生命は生み生まれ永遠に存続する。親が子を生み、生まれた子はやがて親になり子を生み育て養う。神が人を生み、人がやがて神人となり人神となることができるが、エホバの神には生むはたらきが欠落している。ここに自己本位自我中心という決定的欠陥が見られる。

   (43 43' 23)