いしずえ

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『童心殘筆』より

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津浪



奔流は唯流れに流れる。

時々大きな屋根が漂うてゆく。

太い柱が箭の様に走る。騒ぎの中に夜に入った。

家を失った人々はまた宿りに困った。

あちらこちらの倒れた家の陰から焚火が閃く。

日がとっぷり暮れると、皎々たる明月が澄み渡った空にまるまると現れた。

昨夜の暴風にひきかえて、今宵の海は何という静けさであろう。

この陸の破壊と困惑とを我知らぬ顔に漣はひたひたと神秘な囁きを交して、金鱗は遠く煙波の沖に走って居る。

人々は皆堤に立って茫然として此の不思議な月と海とを眺めた。

恐らく誰の胸にも、「さゝやかなる者よ。汝の名は人也」と誡められる様な感じが来往したであろう。

かくの如く此の自然の驚くべき迫害は突如として來り突如として去った。