いしずえ

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『童心殘筆』より

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津浪



先達て鼠骨翁の病牀を御見舞した時、棚頭の傀儡、一線絶ゆると絶えざるとの境の測り難なさから、話は様々に進んで不圖去る大正六年の秋、月島で遭遇した津浪の経験に及んだ。氏は之に大変興味を惹かれて、其時の舊稿があるまいかとの事で有ったので、歸って試みに文庫を調べて見ると、幸に當年の記録が其儘残って居た。唯其の時は餘程深刻な感を痛喫した為に、記録の中には様々な感慨が到る處に述べられて居るので、今度は改めて其の中から一切感想の部分を省いて、偏に自然の事實其のまゝを開展したものにして氏の御目にかけた。それが此の一篇である。

若しこの中の事實の如何なる一つでも、こんな事が有るものでないと考へられるならば、其の人は最早餘程自然を覩る眼の曇った人と言わねばならない。蟲の好い、有りふれた事ばかり覩てゐる人間の心眼に、時に自然はこんな意想外の境地を展いて呉れるのである。