いしずえ

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『童心殘筆』より

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暁風残月の遊



次の夜、樓上の三間をうち抜いて、人々は宵より静まり返って寝た、熟睡一覚の後、夜半湖上に漕ぎ出でゝ星と非情の遊を結ぼう為である。意地汚く意気地無く肉の享楽に爛れ果てた現代人の中に在って、私と共に數日を此山中の湖に放曠せんとするこの人々の心は嬉しい。皆妻もあり子もある。妻の無いのは恐らく萩原君ぐらゐのものであろう。萩原太郎君、一行の中に在って宇津木兵馬とあだ名せられるきりつとした小冠者である。

枕に著き、両足を長々と伸ばして、臍輪気丹田腰脚足心に気を納め、微々として息を調へることしばし、軈て昏々として吾れ我れを喪ふこと幾時か、枕頭の聲にぱっと眼を開くと、「先生、舟を出しましょうか」と依田泰君が提灯をつけて立って居る。聲に應じて起ち、冷水を取って欄干から含漱する。宿から湖岸への草徑を三々五々闇を縫って人影が動く。後について日野屋の本館の裏に廻って、汀の樹蔭に繫がれた大きい和船に乗りこんだ。