いしずえ

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『童心殘筆』より

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雲水



漸く家々の起き出す頃私達は鎌倉のはづれへ着いた。疲れた足を曳きずり曳きずり二三丁も行くと、一人の娘が寝惚け眼を擦りながら茶店の雨戸を繰つてゐた。軒下に幅の廣い腰掛が二三薹亂雜に散らばつてゐる。「一寸休ませて呉れ給へ。」坊様に似げない言葉で以て私の友人はいきなりごろりと其腰掛の上に轉がつた。私も一寸目禮して笑ひながら亦ごろりと横になつた。はや二人は大鼾である。ふと眼を覚ますと日は赫と高く上つてゐる。むくむくと起き上がると茶店の爺が番茶を汲んで来て呉れて、「夜つぴてお歩きでございますか」と同情深い眼で私達を見た。ところがグツと茶を飲みほした途端、友人はウーンと伸びをして「あゝ坊主はつらいな!還俗!々々!」と叫んでしまつた。爺は呆然として眼を見張つた。倉皇てて二人の若僧は此處を逃げ出したのである。二人は八幡宮の境内を抜けて由比が濱の方へ降りて行つた。そして朝飯時菅虎雄先生を驚かした。先生は朝顔に向つて食事をして居られたが、遙に私達の姿を見やつてしばらくまじまじして居られた。先生の宅で二日振に畳の上に坐つて私達は李瑞淸の書等を見せて貰ひながら書のお話に耳傾けた。