こうした失敗とやりくりの連続の新家庭に、戸松は又、不思議な居候夫婦をつれてきた。
夫の方は二十四、五と思われるやせた男で、中国の軍服を着ていた。子造りな肉のうすい顔に、眼だけが生き生きとかがやき、青年らしい清心なものを感じさせた。
妻の方は、二十歳ぐらい、妨げるものもなく伸びた若竹のような女で、体格もよくのんびりした雰囲気をもっていた。
それに彼女は、妊娠七、八ヵ月とも思われるような大きなお腹をしていて、単調な木綿の中国服を着た姿は、あまりかっこうのいいものではなかった。
「この人はね、重慶軍の少佐だったんだが、金華作戦で俘虜にしたものを、ぼくが重慶工作につかうためにもらいうけたんだよ。本来ならば銃殺される奴を助けてやったんだ。能剣東司令にたのんで、和平軍の部隊に入れてもらうようにするから一週間ぐらい家で面倒をみてやってくれ」
戸松は彼についてはこれだけ説明しただけで、くわしいことは話してくれなかった。現地で憲兵隊からもらいうけたのは、鈴木信一で、彼が上海の軍司部に連れて来て戸松に托したのである。