いしずえ

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『童心殘筆』より

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温泉行

さーっと湯を流して一人の客が脱衣所に去った後はひっそり閑として唯一人である。

透き徹った湯に心もち身體を浮かして長々と伸びながら、湯桁に枕して思うともなく思いに耽る。

何とも言えぬ心持が好い。

生き返った、確に生き返った。

一生の中勘定に入れて好い日はまあこんな日だろう。

今は自分も爽やかに醒めて居る。

昨日までのことはどうも何だか夢が混って居る様だ。

何處まで眞實で、どこまで幻妖がはっきりしない。

覚えず私は十年の眠から覚めた様な欠伸を一つした。

ちょろちょろと溝を走る湯の音がする。

やがて静かに起って湯槽に腰をかけた。

時々前栽を隔てて輕く明るい女中の笑い聲がするくらゐでまだ宵ながら闃として静かである。