いしずえ

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『童心殘筆』より

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温泉行

はどうだ。

ずんと落ちるね。

またトンネルか。

人もまばらな青車室に獨り興じた。

暮靄が蒼然と野山を罩める頃、汽車は諏訪湖の畔にさしかかった。

蒼茫の間に展がる湖光は自然の千愁萬恨を胸深く秘めて居る様で、何となく獨りが淋しくなって来た。

するといつ頃何處から乗りこんだのか気がつかなかったが、私の向側の座席に中年の洋服紳士が四つ位の可愛らしい女の子をつれて乗ってゐた。

子供は腰掛の上にちょこなんと坐って頻にお手玉を弄ってゐるかと思うと、動物園の繪本を擴げて獨り合點で猿や兎と話してみたり、新聞を読んでゐる父親をゆすっていたいけな質問を發したりしながら機嫌好く遊んでゐたが、遊びに厭いてふとあたりの暗くなったのに気がついたのであろう。

急に萎れ返って父親の膝に凭れかゝりながら、蚊の様な聲で呟いた。