いしずえ

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『童心殘筆』より

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津浪



ところが死骸と思った主人は、倒に宙吊りされると共に夥しく水を吐いて、不思議に息を吹き返した。

彼等は暫くは生きてゐるのか死んでゐるのか、我と我が分らなかった相である。

後で亭主はつくづくと腹の底から絞る様に感歎の聲を洩して私に言った。

「この世といふものは有ると言へば有る。無いと言へば誠に無い様なものでござりまするな。」



同じ災害でも火事は其の光りと熱と局限性との為に、寧ろ類燒者にも一種の壯烈を感ぜしめる(私の経験上)。

火事は餘程劇的である。

之に比べると洪水は(山津浪は別として)刻々に生命の根柢からくつ劫すことを意識せしめる餘裕がある。

津浪は餘程魔性を帯びて、深刻であり沈痛である。