「伊香保からでございますか」娘の聲は疳高く響く。
「はい、大変な人でござんしてね。逃げ出して参った様なわけですわ。……あなた様は御一人で」
「はー一寸二三日宅に用事がございまして、また追分の別荘へ還るところでございます」
「まあ左様で」老婦人は夫の傍にちょこなんと腰をかけてそれとなく娘の身なりやものごしを眺めて居る。
「如何、召上りませんか」娘は珈琲牛乳の一瓶をつと老夫婦の間に置いた。老婦人は些か周章てゝ「まあ」と腰を屈めた。老紳士の方は始めて重々しく「有難う」と口をきいて、ちらりと一瞥を娘に投げた。