いしずえ

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『童心殘筆』より

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雲水



私は敷居と戸に挟まって痛いと思った刹那一ぺんに意識が明瞭になった。然し次の瞬間腰を擦りながらすこたら逃げ出した。足早に歩きながら考えるとどうも其家で夜遊びをして居た村人が自分の家に歸らうと思ってがらりと潜り戸を引張ったに相違ない。そこで戸に凭れて眠ってゐた私がころりところがりこんだのである。思ひもかけぬ坊主の闖入に先生吃驚仰天したのだ。何のことだと私は一人で失笑して了った。

この邊の地理に不案内な私は夜旅行して大に困ったのはトンネルの馬鹿に多いことである。トンネルと言っても汽車の通るのではなくて普通の道路である。その時はもう二時であった。とぼとぼ行くとまたトンネルに出會った。急に中がつめたくて、恐ろしく暗黒である。が下の土がいやにじめじめして一種の不快な臭ひが鼻に沁む。文字通に暗中模索しながら私は進んだ。しかし餘り暗くて疲れたので暫くして私は壁際に蹲って休息することにした。カッカッと人の足音が向ふから聞える。