いしずえ

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『童心殘筆』より

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雲水



暑い盛りに、三時間程小鷹といふ村の春日神社の宮司の軒先で熟睡した私は、復た勇気を恢復して廿四日の夜も徹しようと考へた。實際炎天に歩くより夜行く方が雲水には遙に気楽なのである。其代り夜露の為に甚しく疲労する。そして炎天の晝飯は喉に閊えて碌々通らない。私は殆んど朝夕の二食で晝は大抵水ですませた。

逗子から田浦へ行く途中であった。もう彼是夜の十一時頃であったらう。私は疲れきって歩きながらフラフラ眠りそうになる。何處も闃として星影の森嚴な夜道を飄々と全く風の歩む様に旅僧は歩いてゐるのである。ふと傍に頑丈な構の門があった。私はつかゝとその屋根下へ這入って潜り戸の敷居に腰掛けたがやがて戸に凭れたまゝトロトロ眠つて了った。急にワッと云ふ叫びごゑに思はず眼を開くと、こは如何に私は門内へすってんころりとひっくりかえったのである。途端に又戸がぴしゃりと締った。