いしずえ

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『童心殘筆』より

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雲水



鵠沼で友人は同じ学友の欵待に降参して雲水を廢めた。私は愈々一人になつて二十三日の畫過ぎ飄然と藤澤に向つた。とにかく夜も日も歩くのだ。世間の説教師・書生坐●など見て居られるといふ気である。

その日大船の近くまで来るとはや夏の日も黄昏れて来た。野の色は蒼茫として沈んでゆく。

蚊柱に當りつゝ行く行脚僧
蝙蝠や牛ぬつと出る田舎店
蚊遣火や今宵宿なき旅の僧

大船のはづれに着いた時、一人の女の先生が私の前を急ぎ足に歩んでゐた。私は鎌倉へ抜ける路を尋ねようと思つて幾度かためらひながら後ろから思ひきつて「一寸お尋ねします」と聲をかけた。「ハ」と些か驚き気味に婦人は振返つた。